雑記 ミドルエイジクライシスを乗り切る方法「突然の父からの電話」

スポンサーリンク

2025年2月末。突然、父親から電話がかかってくる。
ちょくちょく実家には帰っている。
年に数回は顔を合わせる父だが、電話がかかってくることは滅多にない。
嫌な予感が頭をよぎる……

父「もしもし、あぁ、別に急ぎの用事がある訳ではないんだけどね、折り入って話があって…」
やや神妙な声色にこちらの緊張感も高まってくる。
まだまだ健在だと思っていたが、高齢者と呼ばれるようになってからしばらく経つ父親だ。
父「実は、お前に宅建士の資格を取ってもらいたいんだ…」
ん……?!

予想とは違った角度だったが、それはそれで私は動揺した。
父「いや、今はまだ、はっきりとは言えないんだけどね、新しいビジネスを始めたくてね…それでお前に宅建士の資格を取ってもらいたいんだよ」
未だに自営業者として働いている父だが、
新しいビジネスを始めるには年齢が行き過ぎているのではないか…?
そこまで野心がある人だとは思ってもみなかった。
私「ちょっと考えてから、返事させて…」

「宅建士とは?」とチャットGPTに聞いてみた。
—————————
正式名称は「宅地建物取引士(たくちたてものとりひきし)」であり、国家資格の1つ。
宅建士は、主に不動産取引の専門家です。
不動産会社などで、土地や建物の売買・賃貸を行うときに、
法律に基づいて安全に取引が行われるように説明や手続きを行うことが仕事です。
—————————

私は不動産関係の会社に勤めたことはない。
つまり全くの門外漢から始めることになる。
いろいろと検索してみると勉強時間は「だいたい250〜400時間程度が必要」と書かれていた。
ここから始めておよそ200日後に試験本番となる。

私は青春期に反抗期というものがなかった(と自認している)が
逆に、これといった親孝行をしたこともなかった。
大学受験でも結果が出ず、親の会社を継ぐこともなく、
入籍しても結婚式を執り行うことはなかった。
(まあ、私は男だし、そこはどうでもいいのかもしれないが)
唯一、孫の顔を見せることができたことが、今のところの一番の親孝行となっている。
「自慢の息子」という名の勲章、そのような幻想に私はなることはできなかったのだ。
と、そう思っていたのだが……。

私は翌日、父にLineにて宅建試験を受けることを伝えると、そこから1週間後に父親から100万円が振り込まれていた。
気前が良く見えるかもしれないが、私は20代の頃に父親に200万円を貸しており、それはいまだに返済されていなかった。
なので、貸していたお金が半分返ってきたという風にも見える。
とにかく軍資金はできたわけだ。
そのお金を基に通信制の宅建講座に申し込むと、その2日後にはテキストが届いていた。

勉強を始めてみて、課題になったのは家事・育児との兼ね合いだ。
元々土日は朝からカフェに行く習慣があったため、その時間を勉強に充てることにした。
しかし、もちろん家事育児を妻に任せきりにするというわけにもいかない。
昼過ぎには家に帰り、午後はなるべく子どもの相手をするようにした。
下の子はまだ4歳になる年だし、一人にさせる訳にもいかない。
上の子は8歳になる年だが、スマホを与えてからはYouTubeとゲームばかりになり、
これはこれで気になるところだった。
まだまだ子どもたちにも時間をかけてあげなくてはいけない、という義務感はある。

結婚してよかったことはたくさんある。
だが、何かを得ているということは何かを失っているというようにも考えられる。
こういった新しいことを始めるときには足かせにもなるということを実感する。
世の中はどんなときでもトレードオフなのだろう。

毎週土日にまとめて勉強を続け、およそ150時間くらいの勉強を終えたところで
試験まで残り1ヵ月ほどとなった。

「人生はトレードオフなんだよなー」なんて言い訳をしているから
「まずい…、時間が足りない…」
と、まぁなる訳だ。

ここからは妻には申し訳ないと思いつつ、
平日は退社してから9時まではドトールで勉強をするようにした。
また、土日も息子たちには申し訳ないが、1日勉強をする日を作るようにした。
土日午後のカフェの混み方は尋常ではなく、席が確保できないこともしばしば。
それほど人々はカフェに群がってしまう生き物なのだろう。
蛍光灯に群がる虫の気持ちが少しわかったような気がする。

急ピッチで勉強を進めていき、
「これは合格できるかも」というレベルになってきていると個人的には感じていた。
テキストに書かれているおおよそ8割のことは記憶できている、はず。
残り2割弱は自信がないが……、宅建試験はマークシート方式だ。
すべてを理解して試験を迎えるという人はほとんどいないとネットの記事に書いてあった。
宅建試験は満点ではなく、7割を確実にとるということを目指す試験だ。
合格圏内にはいるだろうと思っていた。
勝負は前日の土曜日をどのように過ごすかがカギになりそうだ。

家族には事前に「今日は一日中勉強してくるので家には帰らない」と伝え、外出。
朝、7時からカフェに行き、勉強することに。
2店舗目のカフェに着くと隣の男性がパソコンを開いていた。
ちらっとそのパソコン内の動画が見てしまったのだが、
私も見ていた宅建のYouTubeを見ている。
同士!明日は一緒に頑張ろう!
と心の中でエールを送りつつ、その男性の席からは離れた場所で勉強することにした。

マックで昼食を済ませ、また別のカフェへ。
何件か座れるかカフェを探し、着席できる場所が見つけ、
そこから5時間以上居座った。
迷惑な客で申し訳ない。

日が落ち、もうオレンジ色の空がなくなってきたくらいの時間にまた移動。
そういえば、こんな夜の時間に1人で出歩くことも最近なかったな、と思う。
いつも暇があるとYouTubeばかり見ている私。
親がそうなのだから、子どももYouTubeばかり見たがる訳だ。
たまには音楽でも聴こうと昔のプレイリストを流してみた。
私が20代の頃によく聞いていた、Mr.Childrenの曲が私の耳に流れてくる。

まだ、iPhoneではなくiPodを持っていた時代。
娯楽の多くを占めているのが音楽だった。
何か大きなイベントの前には音楽が私を励ましてくれた。
それは青春と呼ぶべき時代だったと思う。
無理やり名前を付けるなら今は晩秋という時代に入っているのかもしれない。
と思っていたのだが……。
この試験前日の夕暮れ過ぎ、私は確かにあの時代の気持ちを思い出していた。
「そっか、これって若い時だけのものじゃないんだな」

「ミドルエイジクライシス」という言葉がある。
40代前後に起こりやすく、これまでの人生への不安、後悔、焦り、虚しさなどが一気に表面化する心理的な揺らぎの状態なのだそうだ。
40代、ある程度自分の先のことに予測がつく年頃だ。
体力も衰えていき、自分の限界が見える、
「自分はもうこの辺までか…」がはっきりと見えてくる。
それがミドルエイジクライシスではないかと、私は考えている。
困難や挑戦はやはり若返りの種になるのだと強く感じた。
それは自分が望んだことではなくても…。
どんなことでも何かを始めるにはまだまだ遅くはないということだ。

図らずの挑戦ではあったけれども、
何か目標に向かって汗をかいている時間は、
それもきっと青春というものになるのだろう。
「だいぶ年を取ったな…」みたいに思っていたが、まだまだ40代なのだから!
昔ほどの青い輝きはないのかもしれないが、
鈍い色でも心血を注いでいるその時間は青春と呼ぶべきものになるんだな。
そんなことを私は理解した。

ファミレスに到着し、席に着くと、隣の席の男性も宅建の勉強を行っていた。
前日とはいえ、これだけの同士に出会えるとは……。
やはりかなりの規模の受験者数のようだ。
毎年合格率は15~18パーセントほど。
お互い、このマイノリティ側に入りたいものだ。

試験当日。
7時前に目を覚まして、いつも行っているファミレスに開店と同時に入店。
いつもの席に座り、いつものモーニングを食べる。
体調は悪くはない。

電車に乗り、会場となっている東京大学駒場キャンパスへ。
もっと近くの会場もあったのだが、
「東大に行ってみたい!」というミーハーな気持ちだけで選択した会場だ。

駅に到着して近くのコンビニでサンドイッチを一つだけ食べ、会場へ。
当日は雨がパラついていた。
どうやら天候は見方をしてくれないみたいだ。
まあ、それはどの受験者も同じ条件なのだが。

開場するまでは、しばらく東大の中をうろついて時間を過ごす。
会場の時間が近づくにつれ、人がごった返してきた。
昨年の宅建試験には全国で30万人ほどの申込者がいたとのことだ。
だいたい那覇市の人口と同じくらいの数、
YouTubeならば銀の楯をもらって久しい、なかなかの人気チャンネルだ。

開場、試験会場へ。
試験時間は13:00~15:00の2時間、その30分前から事前説明が始まる。
開始前までは今まで勉強していたノートを見返して過ごした。
また、事前に用意していたコーヒーを飲むタイミングを見計らっていた。
余り早く飲み過ぎてトイレに行きたくなっても困るが、カフェインの力も借りたいところ。

そして、試験30分前。
スマートフォンなどの通信機器類は紙袋に入れるようにと説明される。
さすが!不正防止を徹底している。
開始5分前には事前説明も終わり、静寂がしばらく続く。
いつぶりだろうか、この緊張感は。

試験開始。
問題の構成は毎年決まっている。
1~14問目の権利関係は難問が多く、26問目の宅建業法から解き始めるのが宅建試験のセオリーとのこと。
それに従って、26問目を読み進めるといきなり個数問題(合っている文章はいくつか、のようなすべてを理解していないと正解できない問題)
例年は個数問題は5問程度だったと思うのだが、今年はこの個数問題が10問以上出題された。
昨年よりも難しくなっているということが後で知った今年の試験の総評だった。

試験が始まって30分過ぎほどの私の感想。
「けっこう分かるぞ!」

ただ、予想以上に時間がかかってしまっている。
事前のシミュレーションとしてはこの宅建業法で18点を取り、
権利関係は難問か捨てるつもりで運任せ。
マークシート方式、運任せならば確率25%、4問中1問は正解になる確率だ。
そうなれば十分に合格圏内に入る、というのが事前の作戦だった。
その点数を取るべき宅建業法は、手ごたえがある!
「これは合格できたかもな……!」
という気持ちのまま、試験終了。
隣の席に座っていて私よりも15歳は若いであろう男性は終了10分前には記述を終えている雰囲気だったのだが、解答用紙が回収されているときに、その男性の用紙を見てみると、
「明らかにマークの形が違う……」
一抹の不安がよぎったが、気のせいだということで自分をごまかした。

とにかく8か月ほどの勉強から解放されたのだ!
2か月ほど我慢していたビールをコンビニで買って1本飲む。
そのビールはいつもよりもコクがあるような気がした。

試験が終了するとその日の夜には各資格講座サイトで解答と今年の合格点予想が発表される。
答え合わせの結果は…、28点。
これは…、不合格間違いなし…!
ダメかーーーーーー!!!
「できた気がする!」
と思っていたが、そちらの方が気のせいだったようだ……。

答え合わせをしてから2週間後、父へ不合格であったことを連絡する。
答え合わせをしてすぐには連絡する気持ちになれなかった。

父からのメッセージ。
「がんばったんだからいいじゃない」
のメッセージの後に
「もう一度、がんばってみたら」
とのこと。
また同じような気持ちで勉強できる自信がないのだが…、どうしよう…。

ちなみに父は、なぜ私に宅建試験に合格してほしいか、
という点については未だにわからないままである。

タイトルとURLをコピーしました